“人にやさしく”の現場で、やさしさを忘れられた人たちへ

介護

はじめに:介護の現場にある「やさしさ」と、その陰で見落とされるもの

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介護の現場には、たしかに”やさしさ”があります。
利用者さんへの丁寧な声かけ、寄り添う姿勢、尊厳を守る関わり方——。
日々のケアの中で、職員の皆さんは人としての尊厳を大切にした支援を心がけていらっしゃいます。

しかし、その一方で、私は何度もこんな場面を見てきました。

「〇〇さんのために、今夜も夜勤をお願いできませんか?」
「人手が足りないので、休日出勤をお願いしたいのですが」
「子どもの迎え? 代わりがいないので難しいと思います」

このように、職員の生活や体調、家族の事情は“後回し”にされてしまうことがあります。

介護現場では「利用者ファースト」が合言葉のように掲げられています。
それはもちろん大切な価値観です。
ですが、その裏で「職員の尊厳」が置き去りにされていないか、一度立ち止まって考えてみていただきたいのです。

利用者の尊厳は守られても、職員の尊厳は?

「尊厳を守る介護を」
この言葉は、介護業界では当たり前のように語られています。
しかし、その“尊厳”とは、ほとんどの場合「利用者の尊厳」のことを指しています。

もちろん、利用者が人として尊重されるのは当然です。
排泄や入浴の介助、生活リズム、言葉遣い——
細かな部分にも気を配り、相手の気持ちに寄り添う配慮が求められます。

では、それを担っている職員の皆さんはどうでしょうか?

たとえば、ある40代の女性職員は、幼い子どもを育てながら日勤と夜勤を交代でこなしていました。
ある日、子どもが熱を出して早退したいと申し出た際に、「代わりがいないので無理です」と断られ、泣く泣く義理の父母に預かってもらったそうです。

希望休を出しても通らない、家庭との両立が難しい、
業務中に体調を崩しても「とりあえず現場を回して」と言われる。
それでも「福祉の仕事だから仕方ない」と受け止める空気が残っています。

施設長の視点と、現場とのギャップ

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これまで私が関わってきた中でも、施設長や経営層の方々の多くは
「利用者に満足していただくことが最優先」という信念を強くお持ちでした。
それ自体は、とても大切なことだと思います。

ただ、その価値観が強くなりすぎてしまうと、
現場の職員が“犠牲”になってしまう構図が生まれます。

たとえば、ある施設でスタッフがインフルエンザで急な欠勤をしたとき、
施設長は「代わりに誰か残業してほしい。誰でもいい」と現場に指示を出しました。
その結果、2日連続で夜勤明けの職員がそのまま夕方まで働く事態となり、体調を崩して退職してしまいました。

「人が足りないから、みんなでカバーしましょう」
「利用者に迷惑をかけるわけにはいきません」

そうした言葉が、職員への無理な働き方を正当化してしまうのです。
やがて現場では「やさしさ」が“利用者だけに向けられるもの”になり、
支える側である職員には、そのやさしさが届かなくなってしまいます。

職員の疲弊は、介護の質にも影響する

忘れてはならないのは、
職員が疲弊してしまえば、結果的に利用者のケアの質も低下してしまうということです。

たとえば、夜勤明けでほとんど眠れていない職員が、服薬のタイミングを誤ってしまったり、移乗中にバランスを崩して転倒につながってしまったりするリスクが実際に報告されています。

心の余裕がなくなれば、ミスが増えたり、言葉遣いが荒くなったりします。
身体が限界を迎えれば、転倒や事故のリスクも高まります。
職員が次々と辞めてしまえば、引き継ぎや教育の手間が増え、
その結果、現場はますます苦しくなってしまいます。

職員を大切にするという視点は、
利用者を大切にするという視点と、決して矛盾するものではありません。

「職員の尊厳を守る」という発想を持つことは、
現場を守り、利用者を守ることにもつながるのです。

尊厳は、すべての人に平等であるべきです

「介護の現場は、やさしい人が損をする」
そんな声を、私は何度も耳にしてきました。

断れない、責任感が強い、相手の気持ちを優先しすぎる——
そんな“やさしい人たち”が、燃え尽きて辞めていく姿を見てきました。

介護職は「やさしさ」を求められる仕事です。
でも、そのやさしさが一方通行になってはいけません。

施設長や管理者が「利用者のために」と繰り返しているとき、
今一度、ご自身に問い直していただきたいのです。

「その“やさしさ”、現場の職員にも向けられていますか?」

おわりに:やさしさが循環する現場にするために

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優しさは循環する

誰かのためにやさしくすることは、とても尊い行為です。
でも、その前に、まずは自分自身の尊厳ややさしさも、守られていてほしいと願っています。

介護職員の尊厳を守ることは、
現場で働くすべての人の人生を支えることにもつながります。

利用者と職員、どちらか一方ではなく、
両方の尊厳が守られる現場であってほしいと思います。

まずは、声に出して伝えること。
そして「職員を大切にする」という視点を、組織の中に持ち込むこと。

それは施設長や管理職にとっては、
勇気のいる判断かもしれません。
けれども、現場で働く人たちの尊厳に目を向けることで、
離職率の低下や職場の安定、介護の質の向上につながるはずです。

現場の職員の皆さんへも、ぜひお願いがあります。
「我慢すること」が美徳になっていませんか?
小さな違和感や不満も、まずは声にしてみてください。
それが“本当のやさしさ”を育てていく第一歩になります。

“人にやさしく”の現場が、本当にやさしい場所であるために。
その一歩が、今日から始まりますように。

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